保健衛生事業団 設立50周年記念誌

令和2年7月、当時は新型コロナウイルス感染症の感染状 況が広がり、社会全体が不安を抱えていました。そうした中 で、集団健診部長から一つの指示がありました。それは、無 症状者向けの新型コロナウイルス感染症高感度抗原定量検査 およびPCR検査事業を立ち上げるということでした。私は 団体との渉外担当課長として、事業全体の取りまとめを担当 しました。そして令和2年9月には、職場や施設の「安心・ 安全の見える化」を目的とした無症状者向け検査の提供を開 始しました。 開始当初は、どれほど需要があるのか見通しが立っていま せんでしたが、徐々に自治体や企業からの依頼が増え、検査 対象も妊婦向けPCR検査、高齢者施設や小中学校の児童生 徒の抗原検査など、様々な対象からの依頼を受けました。一 時期は連日複数施設の検査を実施することも珍しくなく、検 査依頼窓口だった私のもとへ土日も関係なく連絡が入り、対 応に追われる日々が続きました。今振り返ると、よく他の業 務も並行して回っていたものだと感じます。いや、実際には 回りきっていなかったのかもしれませんが…。 そのような中で、連絡を円滑にするためにある団体の担当 者へ私の個人携帯番号を伝えたところ、いつの間にか同じ団 体の各部署にまで広まり、気づけば各部署担当者からの電話 で、ほぼコールセンターのような状態になっていたことがあ りました。着信の多さに、思わず苦笑したことを今でも覚え ています。 検査結果を伝える際、「陽性者はいませんでした」とお知 らせすると、依頼団体の担当者様がほっとした声で「良かっ たです」とおっしゃる場面が何度もありました。当時の社会 状況を考えると、その安堵の声は自然なものだったと思いま す。この取り組みが、不安の軽減に多少なりとも役立ってい たのだと感じた瞬間でした。 その後、令和5年5月8日から新型コロナウイルス感染症 の感染症法上の位置づけが5類に移行したことに伴い、検査 依頼もほとんどなくなりました。令和6年度には当事業団と しての自主事業も終了となり、一つの区切りを迎えました。 慌ただしい日々ではありましたが、県内の感染症対策に少し は貢献できたのではないかと考えています。集団健診部と技 術部が一丸となって取り組んだ経験は、今も確かな財産とし て心に残っています。 (手塚 真史 記) 新型コロナウイルス感染症検査事業の立ち上げと、 対応に追われた日々 新型コロナウイルス感染症検査事業の開始にあたっては、 手探りで検査器材の調達や検査体制の整備を進めていました。 当時は、 感染への不安と隣り合わせの日々 ・ ・ ・ 。 自身や家族への影響を案じ、 検査事業開始当初は 少なからず戸惑いや抵抗感があったのも事実です。 しかし、「安心 ・ 安全の見える化」を実現するため、 最終的には職員一丸となって、 検査業務に取り組んだことを思い出します。 Tochigi Public Health Service Association 31

RkJQdWJsaXNoZXIy NDY3NTA=